「…たく、いくら稼ぎがいいからってこんな屋敷に一日中いたら気が滅入るよな。」

「そうそう、いるつったら野郎のガキぐらいだしよ。」

ボディーガードよろしく黒のサングラスとスーツで身を固めた大の大人が二人、うんざりした口調で愚痴をこぼしている。
薄暗くろくに換気もしていなさそうな部屋で煙草をふかしていた。
ここはグラード財団城戸邸―――――
聖闘士となるべく集められた孤児たち百人が住まう。
その屋敷の周りには鉄条網が張り巡らされ、一万ボルトの電流が流れている。
聖闘士となるべく引き取った孤児たちをそこから逃がさないために。
それはさながら罪を犯した囚人を囲う監獄のようだった。
そうすると、必然に邸を監視する者たちも容易には外に出られない。
四六時中、子供たちを監視し続けるのだ。
そういう内容の仕事だと分かっている彼らだったが、世間一般から隔離されているようなこの場所に不満を抱かずにはいられなかった。
そんな憂さを晴らすべく愚痴をこぼしながら煙草をふかしていると。

ガッシャーーーン!!

何かが激しく叩きつけられた音と共に子供たちのはやしたてる声が聴こえてくる。

「けっ、また喧嘩かよ。」

スーツ姿の男の一人がうんざりしたように舌打ちする。
育ち盛りの子供たちが集められたここだ。
喧嘩など日常茶飯事である。
放って置きたいのは山々だが、勤めがある以上そうもいかない。

「いい加減にしろよな。今日と言う今日は散々に痛めつけてやる。」

二人は吸っていた煙草を揉み消すと億劫そうに現場へ向かった。







何が原因でこんな取っ組み合いが始まったのか、もう氷河にはわからなかった。
ただ自分の容姿のことをからかわれたのがどうしても我慢できなくて気づいたらいつの間にか相手を殴っていた。
肩にかかる程の色素の薄い金の髪、透き通った青い目、キメ細やかな白い肌。
およそ日本人からはかけ離れた自分の容姿はロシア人の母から受け継いだものだった。
大好きなマーマから受け継いだ大切なものだった。
それだけに容姿をからかわれるとついカッとなってしまう。
そしてお互い容赦しない二人だからあれよあれよでもつれあい、周りの子供たちも行け行けとはやしたてるものだから取っ組み合いはエスカレートしていく。
とうとう勢いで机をなぎ倒してしまい、派手な音が辺りに響いたところで子供たちの顔がサッと青くなった。

(やばい、あいつらが来る!!)

「に、逃げろ!!」

誰かが叫び、蟻の巣をつついたように我先にと子供たちがその場から逃げ出していこうとする。

「おい、こりゃぁ何の騒ぎだ!!」

入り口から響く野太い怒鳴り声にさっきまでの空気が嘘のようにしんとなった。
子供たち全員の恐怖の対象である黒ずくめのスーツのあいつら――――

「………おまえらか。」

部屋の中央でもつれ合ったままの二人を見て殊更声を低くして呟く。
二人のうち子供にしては体格のいい餓鬼大将的な一人は顔をくしゃくしゃにしてわなわなと震えていた。
よっぽど目の前の男たちが怖いのか。
それとは対象的に臆することもなく目の前の男たちを睨みつけているもう一人は氷河だった。
その手は喧嘩相手をまだ許していないというかのように相手の胸倉を掴んだままだった。
それが気に入らなかったのか、黒スーツの男の一人が氷河のもとまでずかずかと歩みよってくると氷河の胸倉を容赦なく掴みあげた。

「っ!!離せよ!!おまえらには関係ねぇだろ。」

激しく吠えて男の手から離れようとするが、足が付かないほど掴み上げられていて思うようにいかない。
せめてもの抵抗とばかりに男の腕にきつく爪をたてた。

「てめ、なにしやがる!!」

カッとなった男は氷河を力任せに殴りつけた。
その反動のまま床に叩きつけられる。
追い討ちとばかりに男が氷河の前髪を掴み、上向かせた時だった。

「ん?」

ふいに男の手が止まる。

「…………ほう。」

値踏みするように氷河の顔を覗きこんできた。
その男の顔が間近にあることに嫌悪した氷河だったが、殴られたショックで頭がぼんやりとして顔を背くこともできない。
しばらくしてにやりと厭らしい笑みを浮べた男は氷河の頭を鷲掴んだまま踵をかえすとそのまま部屋を出ていこうとする。

「お、おい。」

先程の態度と一変した男の行動についていけないもう一人の黒スーツの男がどうしたんだとばかりに追いかけていった。
後には事の成り行きを呆然と見ていた子供たちだけが取り残された。


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