いくつもの高いビルが立ち並ぶ市街地。
夕暮れ時なのか、辺りがオレンジ色に染まっている。
行き交う人たちの中でアスランはただそこに突っ立っていた。
なぜだかわからないが、アスランにはその街に見覚えがある。
昔キラとよく出かけた街の風景によく似ているのだ。
しかしどこか違う。
頭ではそこと同じ場所であるように感じるのにアスランには違う場所のように思えた。
そこでふと気がつく。
ああ、これは夢なのだと。
夢とは眠っている間、脳が起きているときに得た情報を整理しているためにみるものなのだと何かの本で読んだことがある。
そんなことを考えていると、ふと自分の前方の人混みの中にキラがいるのが見えた。
キラは2年前に別れたときと同じ姿で微笑んでいる。
その懐かしい姿に安堵したアスランは、彼へと近づこうとした。
と、同時になぜかキラはアスランがいる方向とは違う方へ走りだしてしまった。
わけがわからないままにアスランも彼を追いかけるために走り出す。
そしてしばらく彼を追いかけていると、急に視界が明るくなり、さっきまで街中にいたはずの自分は真っ白な空間にいた。
そこでようやく立ち止まった彼がゆっくりと微笑をたたえながらこちらへ振り向いた。
〈キラ………〉
アスランは彼の名を呼ぼうとしたがそれは叶うことはなかった。
「ん…………」
徐々にアスランの意識がはっきりとしてきた。
夢を見ていたような気がするが、自分が起きたのだと知った瞬間、夢の内容は曖昧にしか思い出せなくなった。
「やっと起きたみたいだね。」
微笑みながら視線だけをよこしてきた彼の横顔を見てアスランはやっと自分の置かれている状況を把握し始めた。
軽いエンジン音、流れていく街灯―――。
そこでアスランは今自分が車の助手席に乗せられていることを知った。
もちろん運転しているのはアスランを眠らせたあの青年だ。
「…あの、どこに向かっているんですか?」
車に乗せられているということはどこかへ向かっているのだろうと考えたアスランは一応彼に聞いてみた。
「まあそれは着いてからのおたのしみってことで。…それより、ちょっと質問していいかな?」
「はあ……?」
「今、世界の総人口は何人か知ってる?」
「総人口?なんで急にそんなこと……」
思いもしない質問をされてアスランは戸惑った。
「いいから答えて。」
有無を言わせぬ彼の言葉にアスランはしぶしぶ答える。
「…2300万人。」
「60億人だよ。」
「え………」
60億人。
それはC.E.70の事件が起きる以前の世界の総人口だった。
「ほう…アスランが……」
ディセンベル市に設けられている議会の応接室で側近の報告を聞き終え、アスランの父パトリックは何か含みのあるように呟いた。
「いかがいたします?」
「…放っておけ。それよりレノアを早急に回収しろ。」
「はい。」
「私は神殿へ向かう。すこしゼフォンが気になるのでな。」
「わかりました。ではお車の用意をいたします。」
そう言うなり側近は一礼して立ち去った。
パトリック一人が残された応接室は照明が消され、ディスプレイの青白い光だけが妖しく灯っている。
「まだ覚醒には早いはずだぞ、アスラン……」
そう呟いたパトリックの表情はいつにも増して険しかった。
いったい自分はどうなるのだろう。
アスランはずっとこんなことを考えていた。
今、アスランは二人乗り小型シャトルに乗せられている。
いいから着いて来い、と強制的に車に乗せられつれ回されて数時間。
やっと車が停まり目的地についたと思ったらいきなりこんなものに乗せられた。
「まずはこのプラントを抜けるから。」
操縦席に座った彼がなんでもないことのように言った。
「はあ?!ちょっと待っ……」
いきなり何を言い出すのだと抗議しようとしたアスランをさえぎるかのように彼はシャトルを急上昇させる。
その反動でアスランはしぶしぶ言いかけた言葉を引っ込めた。
なぜならアスランはもう半ばあきらめかけていたからだ。
それには初対面で、しかも自分を半ば拉致したような状態の人についていくのは危険なことだが、その彼自体は悪い人には思えなかったこともある。
アスランに世界の全てを見せるといった彼の瞳は真剣そのものだった。
そんな彼が自分のことを騙すはずはないと信じたかったのかもしれない。
そんなことを考えているときだった。
「……ん?」
アスランはある音を聴いた。
それは人の声のような気がした。
〈これは……"ファ"?〉
アスランに聴こえている音はト音譜表でいう"ファ"の音だった。
確か楽器のチューニングのときに使われている――。
なぜこんな声が聴こえてくるのか?
そんな疑問を抱えたままそのままその声を聴いているとなぜかその声に吸い寄せられているように感じた。
〈俺を呼んでいる……?〉
そう感じた瞬間、アスランは無性に自分を呼んでいる何かが気になった。
というよりもその存在を確認しなくてはならないという義務感に襲われた。
何かにとり憑かれたかのようにアスランは無表情になり、目が虚ろになっている。
「………呼んでる……」
そう抑揚なく微かに呟いたアスランの異常に気づき、操縦していた彼が驚いた顔で振り向いた。
「アスラン?!どうしたの?」
そういう彼の声も聴こえていないのか、アスランは反応することなく安全のために締められていたベルトを外しにかかった。
「なにしてるの?!危ないからやめ……」
そこまでいいかけて彼はある異変に気づいた。
今は様子のおかしいアスランが気にかかって留守になっているハンドルがあたかも誰かが操縦しているかのように勝手に動いているのだ。
「何…これ……」
彼は絶句した。
そして二人を乗せたシャトルは導かれるようにある場所へと向かっていた。
このプラントの中の上空に浮かんでいる巨大な神殿へと――――――。
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